時に太正15年。 文明開化が歌われた時代が過ぎ、それでも尚、発展を遂げる事華々しい時代。 人々は安寧に溺れ、娯楽に勤しむようになっていた。 もはやこの国に争いが訪れようことは無いと誰もが思い、未来への希望と夢に誰もが思いをはせていた。 そう、ここは天下の大日本帝国の首都、東京である。 しかし、一見平和に見えるこの街にも密かに破滅の魔の手が迫っていた。 光あるところに影があるように、栄華の裏にはいつでも暗い魔が潜んでいるのだ。 ”クロノスか医”それが彼らの名だ。 悪の巣窟。 魔の力を借り、人としての道理を捨ててまで悪の道を進む、医師の集団である。 |
季節は春。 桜舞う頃。 街にも活気が溢れ返り、日差しも麗らかに街路樹の木漏れ日となって幾筋もの光を降らせている。 少し古ぼけた石の建物の角を曲がると、そこには一軒の劇場がある。 普段は客で溢れ返っているこの場所も、静かに春の陽気と軟らかい空気に包まれていた。 何よりも今日は休演日なのだ。 客はいなくて当然である。 いつものレンガの道を渡り、俺の目的地である劇場の入り口へと向かう。 「おはよう、サタラ!!」 と、劇場に入ろうとした俺に背後から陽気に声をかけてくる人物がいた。 「何だ、スシレじゃぁないか・・・脅かすなよまったく・・・」 少し唐突だった挨拶に(本当は別段驚いたわけでもないのだが)嫌な顔をして答える。 別に変わったことではない。 俺にとってはいつもの挨拶のつもりだ。 俺はサタラ。 寝具宇治(しんぐうじ)サタラ だ。宮城の方から上京してきて軍隊に入り、鼻組に配属された。 鼻組の中では俺が一番の新入りだ。 そして俺に声をかけてきたのが、自称鼻組最優秀戦闘員 漢裂(かんざき)スシレ 。 何でも、定刻過激弾への出資までしていると言う漢裂重工のお坊ちゃんらしい。 しかしお坊ちゃんというには百年早いような格好をしている。 髪は肩まででそろえてあり、着物にいたっては衣擦れも甚だしいものすごくだらしのない着方をしている。 普段の生活態度がありありと思い浮かぶような感じだ。 更にスシレは新入りの俺にしつこく絡んでくる、要するに嫌な奴なのだ。 最初は先輩と言う事もあり、上官に対するあれと同じ言葉遣いをしていたのだが、 あまりのしつこさに最近はめんどくさい返答しかしていない。 一言で言い表すならば、肉の脂身にさらにオイルをかけて食べるぐらいのしつこさだろうか。 まぁ、俺のそんなそっけない態度を気にする風でもなくスシレは話を続けた。 「あのですね、ボクが最近つかんだ情報によりますと、近々クロノスか医が本格的に動き出すらしいんですよ!! コレはかなり確かな情報経ですから信用は置けますよ」 「マジでかよ?お前いつも同じ様な事いってないか? 確かにって言われてもお前の仕入れてくる情報って、 統計学的に先月末までのデータによると87.26%が嘘じゃねえか」 「いや・・・それは良く調べましたね・・・その方がすごいですよ」 俺が的を得すぎた回答をしたからだろうか、スシレはそれ以上しゃべらなくなった。 彼は何処から仕入れてくるのか、妖しい情報ばかり流す。 しかもガセネタばかりである。聞かされるこっちの身にもなってみろっつーの。 しかし、もしかして俺って暇人? いや、暇などではない。コレはスシレのあくどい嘘から東京市民を守る重要な任務なのだ。 と、自分に言い聞かせてみたりする。 まあ、それに舞台の仕事もあって忙しいのも事実だ。 「今日は10時間通しの練習ですね。しかしあなたが来るとは珍しい」 何故か新入りの俺に対して敬語を使うこの男は、新たに話を切り出した。 一言多いと思ったが・・・ ・・・そうなのだ。 今日は地獄の特訓である。 朝から晩までランニングありの、声がかれるほどの発声練習ありのという、果たして何処まで演劇の 役に立つのかわからない無茶苦茶なトレーニングである。 恐らく軍隊としてのそれも兼ねてはいるのだろうが、どうも面倒くさくてやっていられない。 人一倍手間のかかることが嫌いな俺にとっては、当に名前の通りにしかならないのだ。 普段の俺ならば間違いなくサボっているところだろうが、今日だけはサボれなかった。 それだけの理由があった。 なぜなら今日は給料日なのである。 上官はそれを見越してそのメニューを組んだに違いなかった。 正当な理由が無い限り、給料は当日にしか渡されない。 はっきり言って、理由が思いつかなかった。 ・・・じいちゃんはこの間死んだし・・・・・・勿論健在である。 何せ、この俺に剣術を叩き込んでくれたのは、そのじいちゃん本人である。 到底くたばるとは思えない。 「あーあ! くさくさする!」 まだ薄暗い劇場のロビーを通り抜けて上官に出社を伝えに行こうとする。 勿論スシレも一緒である。 ただでさえ嫌な気分なのに、こいつといるとマジで気がめいる。 | |
「なあ、頼むからどっか行ってくれ」 「何でですかあ? 良いじゃないですかぁ?」 「良くないから言ってるんだけど・・・」 「もお、やだなぁ。仲間じゃないですか」 さすがにこんな事を飄々と言われると、こちらも青筋が立つ。 「うっせぇ! 俺に話し掛けてくんな!! 五秒以内に俺の目の前から消えろ! さもないと・・・」 「嫌だなぁ・・・でも、そんなあなたが す・て・き!」 プツン・・・ スシレが言い終わるか終わらないかの内に、彼の五体はロビーの床に転がった。 本当に頭の悪い男である。 少し男色も入っているようだ。 「それにしても・・・」 今日は最悪の日である。 劇場の階段を上りながらサタラは思った。 |
俺は支配人室の前までやってきた。 何かこう、ものものしい雰囲気を漂わせているのは、支配人とはっいても軍の上官の部屋だからであろうか。 コンコン・・・ 「入って良いわよ」 ノックの直後に入室の許しを告げる返答が返ってきた。 「失礼します」 と、扉を開ける。 さすがに上官の部屋だ。 重厚な木製の扉を開けると、ここぞとばかりに並べられた調度品が目に飛び込んできた。 一品いくらだろうかなどと軽々しく口にすることさえできないであろう品々。 壁に掛けられた額にはどこか異国情緒のある絵画が飾られていて、絵心のない俺にさえすごいと感じさせる魅力を放っていた。 もしかすると、上官の存在感がそうさせているのかもしれない。 いや、むしろそうだとも思った。 それほどすごい人物なのだ。 「ただいま、出社しました」 と、軍隊式挨拶めいたものをした。 「どうしたの? 元気ないわねぇ。 ・・・ははぁ、さては今日の特訓にもう疲れているのね」 お見通しだ。 そう、この人が俺たちの直属の上官である、誉祢陀(よねだ)中将だ。 清楚な感じを受けるかなり美しい部類の女性だが、その外見とは似合わないほど腕が立つ。 野郎どもの上に立つのだ。それなりのものはなくてはならないだろうが・・・ 更に誉祢陀中将は切れ者で、その上からも一目置かれる存在である。 いやはや、この俺も誉祢陀中将にだけはどうしても頭が上がらないのだ。 だからといって中将の前で弱音を吐く気は毛頭ない。 乗らない気を腹のそこからかき集めて答える。 「いえ、そのような事はありません。 自分は本日の訓練を心待ちにしておりました」 「うふふふ・・・ムリしちゃって。 でも、あなたのそういうところ好きよ」 「・・・」 言葉に窮してしまう。 終始こんな感じである。 もう少し良いところも見せたい・・・とも思う。 「まあ、今日の特訓、頑張ってちょうだい」 ああ、励ましがこんなに嬉しいものだなんて・・・何処かの男色男とは大違いである。 自分には中将に気があるかもしれないなどと不謹慎な事も考えてしまう。 実際、女性の少ない軍隊に紅一点があるだけでも憧れの的になるものだ。 ・・・しかしそんなことを考えていても訓練が優しくなるわけではないのである。 |
はあ・・・かなりきつかった。 やはり予想していた通り、疲れることこの上ない。 体が悲鳴をあげている。 休憩室に入るなり全員がぐたーっと横になった。 しかし、いい払いだ。給料日の今日はきたカイがあった。 「それにしても、ワイリス・・・よくやるなぁ」 近くにいた少年に話し掛けた。 彼の名はイリス・ツァトーブリッヒェン。 通称ワイリス。 年齢は10歳。 男の俺が言うのもなんではあるが、世の中のその手の女性にはたまらないだろう姿だ。 信じられないかもしれないがフランス人である。 鼻組の最年少隊員である。 何故この年齢で軍隊に入っているのかは詳しくは知らない。 しかしそれがよからぬ理由である事は確かだ。 それは鼻組メンバー全員に共通して言える事なのだが、俺たちは世間から絶えず疎まれてきた。 と、いうのも・・・まあ、追々わかる事である。 「俺でさえひいひい言うようなトレーニングなのにさぁ・・・」 「子供じゃないもん」 「え?・・・そ、そうなんだ」 彼もずいぶんと変わり者である。 このセリフ以外にはあまり聞かない。 何を考えているのかまったく解らない。 今度、脳の構造を一度開けて調べてみようと思う。 「みんな、ちょっと来てくれる?」 突拍子もない考えをめぐらせていたとき、誉祢陀中将が入ってきた。 「なんでしょう?」 それに対して、鼻組のリーダー格でもある、アリマ・タチバナが答えた。 ロシア人である。 きつい感じのする男性で軍国主義者この上ない。 どっちが名前で、どっちが名字なのかはっきりして欲しいところではあるが、 そのことについて突っ込む隊員が誰もいなかったので俺も今日まで流しておいた。 もしかしたらこんな事を考えている隊員は俺一人かもしれない。 周りは随分と変わり者ぞろいだ。 思考の周波数が合わなくて当然と言えば当然なのかもしれない。 軍隊としては恐らくまずい事なのだろうが・・・ 「さあ、全員中将に呼ばれたんだからさっさと動く!」 中将に対してとは打って変わった態度をとると、アリマが先陣を切って俺たちがその後に続く形になった。 一体何を話すつもりなんだろうか、誉祢陀中将は? まさかとんでもない指令とかじゃないよな・・・ 俺たちは、中将の唐突な呼びかけのときが一番怖いのだと知っている。 まさか、全員解雇? ・・・いやまさか・・・ それとも、みんな死んでしまえば・・・まさか・・・ そんな思考をめぐらせていると、中将に呼ばれた場所にたどり着いた。 俺たちの整列が終わると、中将はおもむろに口を開いた。 「鼻組全員に通達する! 明日より定刻過激弾鼻組へ新人が配属される。よって、優しく暖かく接する事。以上」 「・・・」 「メンバー増えるんですか?」 「そういったはずよ」 まさかメンバーが増えるとは思っても見なかった。 ただでさえ混濁しているこの鼻組に更に人が増えるとは・・・ 変人だったらいざ知らず、普通の人だったらこんな所に配属されるのはかわいそうだ。 でもどんな人なんだろう・・・ ちょっとした期待と、大きな不安に包まれて今日も定刻劇場は夜を迎えるのであった。 季節は春である。 この間まで寒かった夜が少しずつ暖かくなって、一年で最もすごしやすい時がきたのだ。 しかし、サタラは知らない。 この先に起こる不可解な出来事たちと、新しい出会いを。 薄紅色の花開く夢も・・・ でも・・・ 本当に良いのか、これで? |
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